若い婦人と、その夫と、ちいさくも堂々としたかんろくの赤ん坊が、いそいそとパンを頬張りながら食べている。
婦人の手はフランスパンのようで、夫の手はクロワッサンのようだ。
赤ん坊の手は、その食べているクリームパンとまるで見分けがつかない。
うさぎはたいそう困った困ったという面持ちで、あかんぼうをひょいと見やった。
その時だった。クリームパンかクリームパンのような手か、どちらかはわからないがキラッとよだれがひかったのだ。
うさぎは光の速さでよだれに駆け寄り、それを受け止めた。もっとも、光の速さよりは少々遅かったかもしれない。ほんとうを言うと新幹線ぐらいだっただろう、と、うさぎは振り返る。
しかしその時の、そのふるいたつようなクリームパンのような手が、うさぎの思い出をゆたかに満たしてくのだった。